なんのために人は生きているのだろう。何が僕は得意なのだろう。

カタカムナの入り口を覗いてみる

ひょんなことから「カタカムナ」の本を読み漁ることになった。

友人とフェイスブックでやりとりするなかでたまたま「カタカムナ」というモノに心が向き、立ち寄った本屋でこの本をみつけて手に取ったら面白そうだったので思わず買い求めた。人との出会いもそうだけど、何かと巡り合うときというのはこういうものだ。

カタカムナというのはどういうものかはインターネットで検索すればいくらでも出てくるからここでは繰り返さない。それに僕はほんの数日前に本を手にしただけの人間だから、きちんと説明できるとも思えない。

ご存知の人も多いとは思うが、カタカムナには「カタカムナ文字」という独自の文字体系がある。一説によればこれが日本語の「カタカナ」の原型であるらしい。しかしながら実際にみると「これがカタカナ(の原型)?」と思わず突っ込みを入れたくなるくらい。しかしながらこの本には「カタカムナ文字」の説明はほとんどない。巻末に参考資料として48文字の読み方(全部で48文字あるのだ)が載っているくらい。

 

 

 

なんでもやりだすと凝り性な僕は続けて何冊かの本を買い求めて読んでみたが、結局は

よくわからん!

というのが正直なところだ。最初の「カタカムナの使い手になる」に書いてあるように、カタカムナは頭で理解するようなものではないらしい。

「カタカムナの使い手になる」という本はカタカムナ(文字)の解説というより、どういう考え方のもとで理解したらいいかという内容になっている。

じゃあ、どういう考え方かというと、「考えるより、感じろ」というまるでなんかの映画のセリフのような一言に尽きる。こんなこと言うと、「おまえ、わかっていないな~」とか言われそうだけど、はい、わかっていません(笑)潔く認めてしまう。

カタカムナの使い手になると、天気を自由に操るくらいは当たり前にできるそうである。

そう書かれているのを読んで、僕の意識は約20年前にタイムスリップした。30そこそこの自分がそこにはいた。まだスピリチュアルの世界に前のめりになっていたころで、某スピリチュアル系会社の企画したツアーで熊本県の幣立神社に行ったときのこと。

時期もちょうど今頃(8月中旬)だった。ずっと晴天が続いていて、熊本県地方は水不足状態。訪れた日も空には雲ひとつなくいわゆるピーカン天気。当然のことながら誰も傘なんて持っていない。だけどその時僕はなぜか折り畳み傘を持って観光バスを下りたのだ、自分でもわけわからぬまま。

しばらく境内を散策して、中にあるご神木の感触などを楽しんでいたのだが、そのとき自分でも思わぬ言葉が口をついて出た。「雨が降るよ」

自分の言葉に驚いて空を見上げたが、そこには先ほどと同じ雲一つない青空が広がるばかり。

わけわかんねーよ、と思っていると追い打ちをかけるようにまた。「大雨になるよ」

それから10分もしないうちに、本当に雨が降り出し、それも大雨になった。ほとんどの人は傘を持っていなかったからびしょ濡れ。僕は持っていた傘をさして雨のなかにたたずみ雨の恵みを楽しんでいた。

 

・・・そんなことを思い出した。別に自分が雨を降らせた、というわけではないけれど。

 

この頃は毎週のようにスピリチュアル系のセミナーに顔を出していた。いろいろやったけど、今も自分の中に残っているものはほんのわずかなもの。好奇心からいろいろやったけど、自分に必要なものはほとんどなかった、ってことなのかなー。ヒーリングできたらすごいよね、ってことでレイキとかもやったけど、今ではたまに瞑想で使うくらい。

レイキの瞑想、というのは単純にレイキのマントラを使って瞑想するものだ。寝っ転がって目を閉じて深呼吸しながらレイキのマントラを唱える。瞑想が深い状態になると、頭のほうからエネルギーのようなものがまるで滝に打たれるかのようにドドドーっと押し寄せるのだ。なかなか気持ちよくて癖になる(笑)

それと同じことをカタカムナでもやってみた。マントラを「カタカムナ」に置き換えるのだ。するとレイキのときのようなドドドーはあまりなかった(と思う。あまり覚えていない)けど、目の前に不思議な光景が展開した(物理的には前述のように目を閉じている)。

言葉に表すのは難しいけど、なんか黒っぽい丸いものが糸くずを寄せ集めたみたいになってうごめいていて、時折視界にパステルグリーンのような緑(草むらみたいな感じ)がパッパと浮かぶのだ。まあ、変性意識のときにありがちな現象で、それ自体に特別な意味を持たそうとかは思わないけど。ただその見え方がこれまで経験したものと違ったから、あるいは「カタカムナ」という言霊のご利益かな、とは思ったけど。

上掲の本によれば、「カタカムナ」は潜象世界(見えない世界)を網羅した体系のようなので、そういうものを垣間見させてくれたのかもしれない。

ともあれ、もう少しだけ(すこしずつ)カタカムナの世界を探求していこうと思っている。


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