なんのために人は生きているのだろう。何が僕は得意なのだろう。

インターネットと俳句


 
普通、俳句や短歌、あるいは川柳などの短詩形に触れるのは小学校や中学校の授業だったりする。
かくいう僕もその例に漏れなかったわけだったけど、ひょんなことからこれらの短詩形と再会を果たすことになる。
もともとばりばりの文系で、本を読むのが大好き、たまに自分で文章も書いてたわけだけど、正直それが何年もの長きに渡って続くなど到底思ってなどいなかった。

きっかけはタイトルにもあるようにインターネット、当時はまだ「パソコン通信」と呼ばれていた時代だった。
現在のように月額定額でアクセスできるような環境ではなく、接続するにも普通の電話線をモデムというものにつないで、パソコンからダイヤルするといったものだった。「ネット」で扱えるのは文字情報だけで、画像や動画などはまだまだ夢の時代だったが、この新しい世界で何ができるか、という創意に周囲は溢れていた。

そのなかで不意に出番を与えられたのが「575」の短詩形だったのだ。最初は文字の世界でただ575を連ねる(今風にいえばつぶやく)だけだったが、そのうちしりとりにしてみたり、チャットの発言をすべて575にしなければならない、などと文字だけの制限のなかでそれなりに「遊び」が出てきたりして、狭い世界の中でちょっとした流行になったりもしたのだった(あくまで自分の周囲の世界だけの話だが)。そんなことで次第に短詩形に馴染んできて、そのときに出会ったのが上の「俳句であそぶ法」という本なのだった。この本は575を守ることと、季語の重要性を熱心に説いた本で、すでに現物は手元にないけれど、そのとき僕の中で「俳句」というものがすとんと中に落ちてきたのだった。

その後もいくつかもBBS(今でいうとSNSチックな掲示板システム)で俳句のボードを開設したりして、当時を知る人は僕のことを「師匠」と呼んだりする人もあるが、そのいわれはこのようなものである。この時期はリアルの世界でも俳句や川柳(季語のない俳句のようなものだが)もつくって地方文芸誌に投稿などもしていた。でもこういう短詩形(あるいはふつーの文章でもそうなのかもしれないけど)を作って楽しいのはみんなでわいわいやることなのかもしれない。

葉の落ちて 見つけられたる かくれんぼ
咳が出て なんの咳かと 考える
つまりその なにもいえずに あなたの背

当時の短詩を記憶の中から3つほど。今こうやって書きだしてみるに、やっぱ当時は若かったな(笑)

コンシンして 婚姻する 恋もあり
強風に 負けずに叫ぶ 猫がおり
忘れてる 記憶探しに 里帰り

今、即興で作った。たいしたことないな(笑)