なんのために人は生きているのだろう。何が僕は得意なのだろう。

命で未来はわからない?

前にも書いたのですが、最近では占いより精神世界(特に願望実現系)のほうに費やす時間が増えてきました。

自分の中では占い(特に四柱推命)への偏食がとりあえず治まって、違うものへと興味の視点が移ろうかという感じです。

他のもの、といってももともと物質的な欲望より精神性に関する欲のほうが強いので中身的にはあまり変わらなかったりするのですが(笑)まあそれはそれとして。

普段RSSリーダーで購読しているブログにいくつか占い系のブログがあって、そのなかの「五上竜尋の東洋占星術」( http://syoutyu.livedoor.biz/ )というブログに同一八字に関する記事が載っていました。まあ、同一八字についてはこれまでも繰り返し議論されている内容ではあるようです。すなわち、同じ八字を持つ人は同じ運命をたどるのか、という問題です。これについては諸説あるようですが、同記事では同じ八字で違う運命(1人は大金持ちになり、1人は死亡)をたどったという話を紹介されていました。

僕は占いのプロでもなんでもないのでえらそうなことは何もいえないし、上記ブログの内容をとやかくいうつもりもなにもないですが、ここ最近の個人的な考えとしては、いわゆる命(生年月日で占う占い)では未来のことまではわからないのではないかという思いを抱くに至っています。占いに興味を抱かない人には「ふーん」で終わってしまう話でしょうが・・・。

つまり過ぎてしまったことに関しては、星や五行の偏りなどから、このときはこの星がこういう作用をしたからこういうことが起こったのだ、と言えても、まだそれが未来の出来事であるような場合には、それが何を意味するかは特定できないのではないか、と。

なのでその偏りをうまく使えば一見悪そうな配置でもやりようはあるのではないか、ともいえるわけですが。それが俗にいう開運に当たるのかもしれないけど。

以上、ひとりごと^^;